オタクにもなりきれなかった人間

りふっちです
アニメや映画を、その作品が大好きな誰かと見る事。
これ、どんなに面白かったと感じたところで、自分如きじゃ語る権利無さそうだな、正しくなさそうだなってなる事が多いからその辺少し苦手だったりします。
無駄に口を開いて下手にズレた滑稽な感想を喋ってしまいたくないという思いもあれば、周りに左右されずに自分は自分なりに楽しむことを大事にしなきゃって思いがあります。
結果何も余計な事言わずに見てるのが性に合ってるのかもしれないという答えに辿り着きます。
この答えは皆ほど感受性高い自信がない自分には妥当かなと思います。
周りほどキャラクターに感情移入できない気がする。このシーンで何を伝えたいのか、といったことが読み取れない気がする。作品で涙を流した事も少ない。
そんな人間の抱いた感想が、その作品が大好きな人間の言う事に敵うはずがないと。
敵うって何だ。何を闘ってるんだ。よく分かりませんけど。
実のところは、楽しみ方は人それぞれ、何だっていいんだよと考えていてくれる人間は多いのかもしれません。
自分自身が勝手に自分を、無駄に喋るなと縛っているだけなのかもしれません。
それでも、本当のオタクには敵わねえよ、って言葉が頭の中をぐるぐるします
劣等感が自分を抑えつけます
逆に、オタクは怖いな、って気持ちが芽生えたりもします
私は言わせればキラキラした人間の輪に馴染まない陰気な側の人間です
そういった人をオタクと呼ぶ風潮がありますが、私はオタクほどの作品愛もありません
キモオタはオタクじゃなけりゃただのキモって言いますよね
中途半端だなぁ
と考える事があります。というお話
りふっち